<急性心筋梗塞>
Acute Myocardial Infarction(AMI)


 近年の冠再潅流療法をはじめとする治療法の進歩により,CCUなどの専門施設における急性心筋梗塞の院内死亡率は5‐10%になった.しかし全体の死亡率は30‐50%となお高率であり,しかも発症から2時間以内の急死例が半数を占め,3分の2は院外の死亡である.本症の救命には,一次救命処置法の普及とともに初療医療機関における早期診断と治療,専門施設への迅速な搬送が重要である.


診断のポイント
 急性期には冠動脈の閉塞による心筋の虚血と引き続く壊死を診断する.陳旧性例では合併する心筋虚血に伴う不整脈,リモデリングと関連した心不全が問題となる.

【1】急性冠閉塞は虚血に伴う胸痛発作,不整脈,心ポンプ機能の低下による急性心不全などを生じる.症状に見合う理学的所見の有無を確認する.
【2】超急性期,急性期は虚血が主体であるが,時間経過に伴い壊死が進行する.局所的な心筋虚血および壊死の程度を諸検査を併せて評価する.
【3】梗塞の合併症の重症度評価,とくにelectrical failureとしての致死的不整脈,power failureとしての急性心不全の診断と監視,および治療が不可欠である.
【4】急性期および陳旧性期の症状および生命予後の判定,治療方針の決定と実行,とくにinterventional therapyおよび外科的治療の選択とその時期を判断せねばならない.


症候の診かた
 不安感を伴う耐え難い強い胸痛の発作として発症する場合が典型例である.しかし呼吸困難,息切れ,失神発作など非定型的な場合もある.高齢者ではとくに,症候が明確でないことが多いので注意を要する.発症超急性期および急性期には,しばしば致死的不整脈などの急死がみられる.続いてポンプ失調による循環障害としての低血圧,肺うっ血,肺水腫などの合併症も起こる.理学的所見として,general appearance, arterial pulse, venous pulse, precordial movement, auscultationを確実に評価することが不可欠な所以である.
 とくに注目すべきは発症からの時間経過である.冠血栓溶解療法,冠動脈形成術などいわゆる心筋サルベージには生存心筋の残存が大前提であり,側副血行のない場合には1時間以内に50%以上,3時間以内に70%以上,6時間以内に80%以上の心筋の不可逆性壊死が進行するとされる.


検査とその所見の読みかた
 サルベージ可能な残存生存心筋の有無と何らかの積極的治療の可否の判定,梗塞に伴う合併症の有無および程度を評価する.

【1】心電図:ST‐T波の異常から心筋虚血,Q波の出現から梗塞を判定する.異常の記録される誘導から部位と範囲,時間経過による変動を診断する.非貫壁性梗塞の場合には診断は難しい.いわゆるQ equivalentと呼ばれるR波の減高などを参考にする.モニタリングによる不整脈の検出も重要である.

【2】心エコー図:心電図波形の異常から診断した虚血および壊死領域の確認,心ポンプ機能障害の程度,合併症としての心室瘤,乳頭筋傷害による僧帽弁逆流の有無および程度,心室中隔穿孔の有無と程度などを評価する.冠動脈起始部病変の有無を知ることもできる.

【3】胸部X線写真:梗塞に伴う合併症の診断,とくに急性期の左心不全,乳頭筋断裂などによる肺うっ血の評価,陳旧性期の心拡大,心腔の拡張などを判定する.

【4】心筋酵素およびその他の血液検査:CPK,MB‐CPK,GOT,LDH,トロポニンT,ミオシン軽鎖,ミオグロビンなどの血中濃度の経時的変化を追跡することにより,梗塞サイズを知ることができる.心筋障害の特異的マーカとしてMB‐CPKが広く用いられている.マーカにより消長の時間経過が異なる点に注意する.トロポニンT,ミオグロビンなどの測定は血栓溶解療法による再疎通の評価にも有用性が高い.

【5】心筋シンチグラフィー:Tc-99m(テクネシウム)ピロリン酸は梗塞部位をhot scanとして描出することができる.カリウムアナログ製剤であるTl-201(タリウム)の取り込み低下(cold scan)は冠血流低下または心筋壊死を意味する.初期の取り込み低下領域が時間経過に伴い縮小する場合もある.再潅流シンチは心筋のviabilityを示す指標として治療方針の決定に重要である.

【6】心プールスキャン:駆出率および壁運動異常の評価により心ポンプ機能の障害程度を判定する.

【7】右心カテーテル検査:バルーンガイドのカテーテル法により急性期の肺循環動態,肺毛細管喫入圧および心拍出量をモニターする.肺うっ血および心拍出量低下を定量的に測定し,心ポンプ機能の指標とする.重症度,予後判定および治療の指針としてForrester分類が広く用いられている.

【8】冠動脈造影と左室造影法:急性期冠動脈造影により閉塞冠動脈を確定し,その他の枝の病変を把握することができる.造影に伴い,いわゆるdirect PTCA,冠動脈形成術を行い閉塞冠動脈を再疎通させる場合もある.左室造影を行えば閉塞冠動脈の責任潅流領域の心筋の傷害の程度を判定することができる.無収縮,低収縮,奇異性収縮,心室瘤などの評価ばかりでなく,虚血と壊死がもたらした僧帽弁構造の破壊,および機能障害による僧帽弁逆流の程度の判定にも有用である.


確定診断のポイント
 虚血の進行による心筋細胞の破壊と壊死の証明が確定診断のポイントとなる.しかし実際の臨床例では,壊死に伴う器質的および機能的障害を検出し壊死を推定することになる.
【1】心電図では先行する局所的な心筋虚血によるST‐T波の異常と,壊死の完結によるelectrical windowとしてのQ波の出現をみるのが原則である.しかし,非貫壁性梗塞例ではQ波の出現しないこともある.
【2】断層心エコー図法により心室の局所的壁運動異常,心筋の収縮に伴う壁厚増加の減少ないし消失,壁の菲薄化などを診断する.
【3】心筋酵素の血中への異常な漏出を証明する.
【4】心筋シンチグラフィーにより画像から壊死心筋のhot scanあるいは欠損像を描出する.
【5】冠動脈造影により冠閉塞を証明し,これに伴う心筋収縮運動の異常低下を診断する.




◆治療方針

A.初期の一般的治療

 バイタルサインを確認し,心電図モニターにより不整脈を監視しながら以下の初期治療を行う.
1.酸素投与 原則として全例に2‐5L/分の酸素吸入を行う.高度の低酸素血症(PaO2<50Torr)の場合は気管内挿管による呼吸管理を要する.
2.静脈路の確保 緊急薬剤の投与や輸液療法のために留置針または中心静脈カテーテルにより静脈路を確保する.
3.疼痛の除去と鎮静 収縮期血圧が90mmHg以上あればニトログリセリン1‐2錠(またはミオコールスプレー,ニトロールスプレー1‐2回)を舌下投与,もしくはミリスロール注(またはニトロール注)0.5‐1mgを静注する.これにより胸痛が軽減したり冠再開通が得られることがある.高齢者,下壁梗塞,右室梗塞の場合は過度の血圧低下に注意する.胸痛が強い場合は塩酸モルヒネ5‐10mgまたは塩酸ブプレノルフィン(レペタン)0.2mgを静注する.鎮静目的でジアゼパム(セルシン,ホリゾン)5‐20mgの静注も有用である.いずれも呼吸抑制や血圧低下に注意する.


B.初期の救急対策

1.心室性期外収縮 多発,多源性,2連発以上,R on Tがみられれば,リドカイン(静注用キシロカイン)50‐100mgを静注後に1‐3mg/分で持続点滴する.
2.徐脈 心拍数 50/分以下,または60/分以下で血圧低下を伴う場合は,硫酸アトロピン0.5mgを1‐2回静注する.
3.血圧低下 ショック症状があれば下肢を挙上し,ノルアドレナリン0.05‐0.1mgを静注し,血圧を測定しながら適宜追加する.
4.呼吸困難 肺ラ音 半座位にしてニトログリセリンを舌下または静注する.高度なら呼吸抑制に注意しながら塩酸モルヒネ5‐10mg静注,およびラシックス10‐20mgを静注する.
5.高血圧 梗塞の拡大や心破裂を防ぐため速やかに降圧する.まず鎮痛,鎮静を図り,なお収縮期150mmHg以上あるときは,ニトログリセリン舌下もしくはミリスロール(またはニトロール)の静注を行う.
6.心室細動 心電図モニターで確認されたら速やかに直流除細動を行う.血行動態の悪化を伴う心室頻拍もこれに準ずる.
 以上の初期治療を行った後,ただちに冠再潅流療法が可能な専門施設に搬送するほうがよい.


C.冠再潅流療法
 早期の冠血流再開は,梗塞巣の拡大を防止し心機能を保持することにより,急性期死亡率を減少させ長期予後も改善し得る.ST上昇型で発症後12時間以内,75歳未満がよい適応であるが,12時間以上でも胸痛が持続する例,心原性ショックなど血行動態が不安定な例は適応となる.方法として血栓溶解療法と,PTCA(ステントを含む)がある.
1.血栓溶解療法.発症後6時間以内に開始することが望ましい.脳出血の既往,活動性の出血,大動脈解離が疑われる例などは禁忌である.半減期が長い改変型の組織プラスミノゲン活性化因子(t‐PA)は単回静注が可能であるため,入院前治療として,あるいは緊急冠動脈造影がただちに行えない場合などに用いる.
2.primary PTCA 手技に習熟した医師が常駐し,緊急冠動脈造影が30分以内に実施でき,緊急冠動脈バイパス術が可能な施設ではprimary PTCAを選択できる.血栓溶解療法の禁忌例,発症後6時間以上経過した例,心原性ショックなど早期に確実な効果を要する例,高齢者などがよい適応である.硝酸薬冠注後の造影でTIMI分類2度以下であればPTCAを実施する.高度の狭窄が残存したり再閉塞の危険がある場合はステント留置の適応となる.
3.組み合わせ治療 入院から再潅流療法開始までの時間をさらに短縮し,かつ確実な再潅流を得るために考案された方法である.来院時(診断確定後)ただちに血栓溶解薬(改変型t‐PA)の単回静注を行い,その後に冠動脈造影を実施し,再潅流が得られていない例にのみPTCAを追加する.
4.入院前血栓溶解療法 梗塞発症後3時間以内で,専門施設への搬送にさらに1時間以上要する場合には,改変型t‐PAの単回静注による血栓溶解療法の効果が期待できる.この場合,心筋梗塞の診断の正確性や禁忌例の厳密な除外が求められる.再潅流不整脈などに対処するために搬送中の心電図モニター,医師の同乗,直流除細動器や緊急薬剤の準備が必要である.
5.後療法 再閉塞予防のため抗凝固療法(ヘパリン48時間)および抗血小板療法(アスピリン継続,ステント留置例ではパナルジンまたはプレタール)を行う.冠動脈内血栓陰影や左室内血栓像が明らかな場合はワーファリンを用いる.